2012年09月20日

古事記と言霊・【キ】角杙の神/【ミ】妹活杙の神

言霊  ツノグヒノカミ/角杙の神。昔、神話や宗教書では人間が生来授かっている天与の判断力の事を剣、杖とか、または柱、杙などの器物で表徴しました。角杙・活杙の杙も同様です。

     言霊キの韻は掻き繰る動作を示します。何を掻き繰る(かきくる)か、と言うと、自らの精神宇宙の中にあるもの(経験知、記憶等)を自分の手許に引寄せる力動韻のことです。これと作用・反作用の関係にある父韻ミは自らの精神宇宙内にあるものに結び附こうとする力動韻という事が出来ます。

言霊  イモイキグヒノカミ/妹活杙の神。人は何かを見た時、それが何であるかを確かめようとして過去に経験した同じように見える物に瞬間的に思いを馳せます。この動きの力動韻が父韻ミです。

     またその見たものが他人の行為であり、その行為を批判しようとする場合、自分が先に経験し、しかもそういう行為は為すべきではないと思った事が瞬間的に自分の心を占領して、相手を非難してしまう事が往々にして起ります。心に留めてあったものが自分の冷静な判断を飛び越して非難の言葉を口走ってしまう事もあります。これは無意識にその経験知を掻き繰って心の中心に入り込まれた例であります。



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2012年09月19日

古事記と言霊・【チ】宇比地邇の神/【イ】妹須比智邇の神

言霊  ウヒヂニノカミ/宇比地邇の神。「宇は地に比べて邇(ちか)し」と読めます。宇とは宇宙、いえ等の意味があります。人間の心の家は宇宙です。言霊アの自覚によって見る時、人の心の本体は宇宙であると明らかに分ります。

     するとこの神名は人の心の本体である宇宙は地と比べて近い、と読めます。即ち心の本体である宇宙と地と同じ、の意となります。宇宙は先天の構造、地とは現象として現われた姿と受取ることが出来ます。そこで宇比地邇の神とは心の宇宙がそのまま現象として姿を現す動き、となります。

言霊  イモスヒヂニノカミ/妹須比智邇の神。この神の‘イ’は母音のイではなく、ヤイユエヨの行の‘イ’であります。瞬間的に身を捨て全身全霊で事に当ろうと飛び込んだ後は、その無我の気持の持続となり、その無我の中に自らの日頃培った智恵・力量が自然に発揮されます。

     須比智邇とは「須(すべからく)智に比べて邇かるべし」と読まれ、一度決意して身を捨てて飛び込んだ後は、その身を捨てた無我の境地が持続し、その人の人格とは日頃の練習の智恵そのものとなって働く、と言った意味を持つでありましょう。



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2012年09月14日

古事記と言霊・竺紫の島

次に成りませる神の名は、宇比地邇の神。次に妹須比智邇の神。次に角杙の神。次に妹活杙の神。次に意富斗能地の神。次に妹大斗乃弁の神。次に於母陀流の神。次に妹阿夜訶志古泥の神。


ツギニナリマセルカミノミナハ
   ウヒヂニノカミ
ツギニイモスヒヂニノカミ
ツギニツノグヒノカミ
ツギニイモイクグヒノカミ
ツギニオホトノヂノカミ
ツギニイモオホトノベノカミ
ツギニオモダルノカミ
ツギニイモアヤカシコネノカミ


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2012年09月10日

古事記と言霊・【エ】国の常立の神/【ヱ】豊雲野の神

言霊  クニノトコタチノカミ/国の常立の神は言霊エ、豊雲野の神は言霊ヱであります。国の常立の神とは国家(国)が恒常に(常)成立する(立)根本の実体(神)といった意味です。この宇宙からは人間の実践智が発現して来ます。

     言霊オから発現する経験知が過ぎ去った現象を想起して、それ等現象間の関連する法則を探究する経験知識であるのに対し、言霊エから発現する実践智とは一つの出来事に遭遇した時、その出来事に対して今までに剖判して来た言霊ウ(五官感覚意識に基づく欲望)・言霊オ(経験知識)・言霊ア(感情)の各人間性能をどの様に選(えら)んで採用し、物事の処理に当るか、の実践的智恵の事を謂います。経験知と実践智とはその次元を異にする全く別なる人間性能であります。

言霊  トヨクモノカミ/豊雲野の神とは豊(十四〈とよ〉)を雲(組〈く〉む)野(領域・分野)の神(実体)といった意味であります。「豊」の字の示す十四とは、母音五、半母音一、それに八父韻合計十四数のことなのであります。

     これを先天構造の言霊数十七の中の基本数を表わす数としています。人間の実践智の性能とは結局はこの十四の言霊をどの様に組むか、の性能の事なのであります。これは言霊学の基本となる法則であり、豊の字は日本国の古代名である豊葦原水穂国にも使われております。



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古事記と言霊・隠岐の三子島

次に成りませる神の名は、国の常立の神。次に豊雲野の神。この二柱の神も独神に成りまして、身を隠したまひき。

u_a-waツギニナリマセルカミノミナハ
   クニノトコタチノカミ
ツギニトヨクモノカミ
コノフタハシラノカミモ
ミナヒトリガミニナリマシテ
ミヲカクシタマイキ


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2012年08月20日

古事記と言霊・【ヲ】宇摩志阿斯訶備比古遅の神/【オ】天之常立の神

言霊  ウマシアシカビヒコジノカミ/「霊妙に葦の芽の如く萌え上がるように出て来る言葉」といえば直ぐに記憶の事だと思い当たります。寝そびれてしまった夜、目が冴えてとても寝つかれそうにない時など、過去の記憶が次から次へと限りなく浮かび上がって来ます。一つ一つの記憶は関連がないような、有るような複雑なものです。

     宇摩志阿斯訶備比古遅の神と古事記が指月の指として示した実体は、人間の記憶が納まっている心の空間(宇宙)のことであります。これが言霊ヲです。一つ一つの記憶は独立してあるものではなく、それすべてに何らかの関連をもっています。その関連が丁度葦の芽生えの複雑な形状に似ているために、太安万侶はこの神名を指月の指としたのでありましょう。

言霊  アメノトコタチノカミ/天の常立(とこたち)の神とは大自然(天)が恒常に(常)成立する(立)実在(神)といった意味であります。宇摩志阿斯訶備比古遅の神が記憶そのものの世界(言霊ヲ)であるとするならば、天の常立の神・言霊オとは記憶し、また種々の記憶の関連を調べる主体となる世界という事が出来ます。またこの世界から物事を客体として考える学問が成立して来ます。

     言霊ヲの記憶の世界も、その記憶を成立させ、またそれら記憶同士の関連を調べる主体である言霊オの宇宙も、それぞれ人間の持つ各種性能の次元宇宙とは独立した実在であり、また先天構造の中の存在で、意識で捕捉し得ないものでありますので、宇摩志阿斯訶備比古遅、天の常立の二柱の神も「独神であり、身を隠している」と言うのであります。



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古事記と言霊・隠岐の三子島

次に国稚く、浮かべる脂の如くして水母なす漂へる時に、葦牙のごと萌え騰る物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅の神。次に天の常立の神。この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。


ツギニクニワカク
ウカベルアブラノゴトクシテ
クラゲナスタダヨヘルトキニ
アシカビノゴトモエアガルモノニヨリテ
ナリマセルカミノミナハ
   ウマシアシカビヒコジノカミ
ツギニアメノトコタチノカミ
コノフタハシラノカミハ
ミナヒトリガミニナリマシテ
ミヲカクシタマイキ


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2012年07月11日

古事記と言霊・【ア】高御産巣日の神/【ワ】神産巣日の神

sanshin.gif言霊  タカミムスビノカミ/主体を示す高御産巣日の頭に「タ」の一字が多い事だけの違いとすると「タ」の一音によって高御産巣日は主体を意味する事となります。

言霊  カミムスビノカミ/客体を示す神産巣日の神には積極・主体性を表わす「タ」が付きません。

初め心の宇宙から言霊ウが芽生え、それが剖判して言霊アとワの宇宙に分かれます。そしてその言霊ア(主体)と言霊ワ(客体)の感応同交によって人間に関する一切の出来事(現象)が生れ出て来ます。人間の一切の行為の元はこの言霊ウ、アワの三言霊から始まります。これが人間の心の重要な法則でありますので、言霊ウ・ア・ワ即ち天の御中主の神、高御産巣日の神、神産巣日の神の三神を造化三神と呼ぶのであります。



posted by yamato at 10:26| Comment(3) | TrackBack(1) | 伊豫の二名島