2012年08月20日

古事記と言霊・【ヲ】宇摩志阿斯訶備比古遅の神/【オ】天之常立の神

言霊  ウマシアシカビヒコジノカミ/「霊妙に葦の芽の如く萌え上がるように出て来る言葉」といえば直ぐに記憶の事だと思い当たります。寝そびれてしまった夜、目が冴えてとても寝つかれそうにない時など、過去の記憶が次から次へと限りなく浮かび上がって来ます。一つ一つの記憶は関連がないような、有るような複雑なものです。

     宇摩志阿斯訶備比古遅の神と古事記が指月の指として示した実体は、人間の記憶が納まっている心の空間(宇宙)のことであります。これが言霊ヲです。一つ一つの記憶は独立してあるものではなく、それすべてに何らかの関連をもっています。その関連が丁度葦の芽生えの複雑な形状に似ているために、太安万侶はこの神名を指月の指としたのでありましょう。

言霊  アメノトコタチノカミ/天の常立(とこたち)の神とは大自然(天)が恒常に(常)成立する(立)実在(神)といった意味であります。宇摩志阿斯訶備比古遅の神が記憶そのものの世界(言霊ヲ)であるとするならば、天の常立の神・言霊オとは記憶し、また種々の記憶の関連を調べる主体となる世界という事が出来ます。またこの世界から物事を客体として考える学問が成立して来ます。

     言霊ヲの記憶の世界も、その記憶を成立させ、またそれら記憶同士の関連を調べる主体である言霊オの宇宙も、それぞれ人間の持つ各種性能の次元宇宙とは独立した実在であり、また先天構造の中の存在で、意識で捕捉し得ないものでありますので、宇摩志阿斯訶備比古遅、天の常立の二柱の神も「独神であり、身を隠している」と言うのであります。



posted by yamato at 11:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 隠岐の三子島

古事記と言霊・隠岐の三子島

次に国稚く、浮かべる脂の如くして水母なす漂へる時に、葦牙のごと萌え騰る物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅の神。次に天の常立の神。この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。


ツギニクニワカク
ウカベルアブラノゴトクシテ
クラゲナスタダヨヘルトキニ
アシカビノゴトモエアガルモノニヨリテ
ナリマセルカミノミナハ
   ウマシアシカビヒコジノカミ
ツギニアメノトコタチノカミ
コノフタハシラノカミハ
ミナヒトリガミニナリマシテ
ミヲカクシタマイキ


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